【人生の目的とその見つけ方】人生とは。生きる意味とは。

時々、何もかもわからなくなる時がある。
人生の目的、生きる意味、そもそも命とは何なのか。
なぜ生まれてきたのか、何を目指せばいいのか。

そもそも人生に目的や意味など、本当に存在するのだろうか。
そして、もしそれがあったとして、あなたはそれを素直に受け入れることができるだろうか。

 

人生の目的は誰が決めるのか

世の中には、目的を持って生まれたものと目的を持たずに生まれてくるものの2つに分けられる。
人工物はある目的を果たすために人間の都合で作られる。一方、自然物は目的もなく発生する。
人間は、どちらに当てはまるのだろうか。

 

目的を持って生まれたもの

人が物を作るとき、必ずそこには意図がある。
ある目的を達成するために人間の都合によって生み出される。

例えば包丁は、食材を切るために作られている。
自転車や自動車は、人や物を遠くへ運ぶために作られている。
パソコンは、表計算や発表資料作成などの作業を効率化させるために作られている。

このように、人間が作る物には目的が明確である。

 

目的を持たずに生まれたもの

一方、自然物は、目的を持たずに生まれてくる。
人間のために生まれてくる自然物など存在しない。
にもかかわらず、そこに目的や意図を感じるとしたら、それは人間の都合のいい解釈でしかない。

人間も一種の自然物である。
生まれた時に生きる目的や果たすべき役割を持っているわけではない。

しかし、人間は他の動物とは違い、高い知能を持っている。
ゆえに、人間に限り、ある目的を果たすために親が子を作るケースもないわけではない。

もしあなたがある目的を果たすために作られたとしたら、その目的を知っているのは親である。
そして、すでにその目的を果たすよう洗脳されているかもしれない。

 

人生の目的は自分で決める

私たちは、工業製品でもなければ農作物でもない。
誰かが意図を持って、何か特定の役割を果たすために作られたわけではない。

 

生きる意味

生命は自然現象である。それ以上に意味はない。
山の植物やサバンナの動物がそうであるように、私たちの命も当たり前に生まれて当たり前に消えていくものでしかない。

ところが人間は、頭がよすぎた。
人生には苦しいことやつらいことばかり。それを生き抜くためには努力がいる。
そこで、人間は、努力に対する報酬を求めてしまう。他の動物ならあり得ない思考である。

だから、人間は人生にあれこれと意味づけしようとする。
自分の努力が無駄ではなかったという証明が欲しいのだ。

しかし、正解なんて一度も出たことはない。
なぜなら、最初から人生に目的など存在しないからである。

 

人生の目的と人権

人生の目的がわからないと得体の知れない不安に襲われるが、人生の目的はむしろ存在する方が恐ろしいことになる。

もし、人生の目的が存在したら、問題が2つ発生する。

1つ目は、それを受け入れられないという問題。
他者によって自分の人生の目的を決められてしまったら、自分の思い描いた目的を目指す生き方が認められないということであり、人生に自由がないことを意味する。

2つ目は、それを実現できない場合の問題。
示された人生の目的が実現できない人は、どんな努力も認められないということであり、その人の存在価値がないということを意味する。

このように人生の目的は、存在するだけで人権問題に発展する性質がある。

 

人生の目的は自分で決める

人生の目的は知りたくて仕方がないが、知ったところで自分の人生に沿ったものでないと困る。
それなら、いっそのこと自分で人生の目的を決めてしまえばいい。

だから、人生の目的を知るために偉い先生の書いた本や聖書を読む必要はないし、有名人がテレビで語る人生論に耳を傾ける必要もない。
人生の目的は自分で決める。
それが人生の主人公である自分の責任ではないだろうか。

 

人生の目的が決められない人々

「自由に決めていいよ」と言われた瞬間、路頭に迷う人がいる。
誰かに決めてもらわないと行動できない人たちだ。
彼らは真面目すぎるが故の苦しみにあえいでいる。

 

自由が生む不自由

いわゆる「いい人」は、常識やルール、指示を忠実に守り、その中で最大限の成果を残す。
しかし、この度合いが過ぎると、ルールや指示がないと思考が停止してしまう。

彼らは不自由の世界の中でこそ実力を発揮する。
しかし、自由の世界で身動きが取れない。彼らの行動原理は指示に従うことだからである。
だから、自由を与えられると困ってしまう。
善悪の判断も、ものの価値もわからない。教えてもらわなければわからない。

人生の目的も同じ。
誰も教えてくれないからわからない。考え方もまるで分らない。

 

いい人すぎる人

いい人は、他者に配慮しすぎる傾向がある。
思考の軸と行動のパターンはいつも、他人に迷惑をかけない事で一致している。

さらに、それが習慣や信念になっていて、いつも他人の都合を考えるあまり、他人の都合と自分の都合をすり替えてしまっていることに気づいていない。
つまり、自分の人生ではなく他人のための人生を生きていることになる。

これでは、人生の目的を見失っても仕方がない。

 

人生の目的を見つけるためには

人生の目的を見つけるためには、「自分の気持ちを汲み取る力」を取り戻す必要がある。

今までは、他人の意向に従ったり、他人に配慮することが自分の意思だった。
いわば、他人のための人生を生きてきたわけである。

これが人生に感じるむなしさの原因、生きる目的を見失ってしまった原因。
人生に生きがいや生きる喜びを感じないのは、自分の意思が反映されない人生を生きてきたからなのである。

これからは、自分のための自分の人生を生きよう。
見たいものを見て、感じたままに感じ、考えたいことを考えて、行きたいところに行く。
そんな人生にしよう。

 

まずは、人生の目的を見つける人になる

いい人すぎて人生の目的を考えることさえ難しい人は、まず「自分の気持ちを汲み取る力」を取り戻す必要がある。
そのためには、人生の中心を「他人」から「自分」に置き換えよう。

 

自他を分離する

いい人すぎる人は、自分の都合と他人の都合が入れ替わってしまっている。
常に自分よりも他人の方が優先度が高くなってしまっているのである。

社会生活上、相手に配慮することは重要だが、常に他者を優先しているならやりすぎだ。
そこで、まずは自分にそうした傾向がないか振り返ろう。
そして、そんな自分に気づいたら、「自分は自分、他人は他人」と考えを改めよう。

 

「いい人」を止める

「迷惑をかけない正義」を堂々と放棄しよう。
助けを求められても断る、言い合いになっても譲らない。相手を傷つけても平気でいよう。

他人に迷惑をかけずに済んだことで得られる快感は、多すぎると毒になる。
いい人すぎる人は、全身が毒にやられてしまっている。しかも犯人は自分だ。

状況によっては、相手を傷つけてでも自分の意志を通すべき時がある。
自分の人生で最も大切なのは自分だということを忘れてはならない。

 

自分の世界観を作る

いつもいつも常識やルールに縛られてはいけない。
価値の優劣は自分で決めること。誰に何を言われようと自分が感じた価値を信じる。
ルールだって状況によっては破る。常識だって絶対ではない。

他人が決めた価値で生きていると人生は退屈になる。
そこに自分の価値観が生かされていないからだ。

何があっても自分の価値観を信じる。
それを反対するものは、常識だろうがルールだろうが全員、敵だ。

今までは、常識とルールを守ることで安心で安全な場に身を置いていた。
しかし、これからは常識やルールと戦うのである。
それが、自分の人生を生きるということなのである。

 

人生の目的を探すヒント

人生を一つの芸術作品と考えると、人生の目的は考えやすいかもしれない。
人生には、その人の信念や生き様が現れるからである。

 

憧れを追求する

自分の人生をどんなものにしようか、まるで分らないなら、
自分が憧れる歴史上の人物や、尊敬する人の生き方を真似することから始めよう。

仕事に打ち込む、国に尽くす、家族優先するなど、歴史や周囲を見渡せば、立派な生き方のモデルはいくらでもいる。
その人に感じたカッコよさを参考にしよう。

注意してほしいのは、かっこよくなれるかどうかが問題ではないということ。
目標を立て、そこを目指すことに大きな意味がある。

 

好きを追求する

自分の好きなことを追究しよう。
遊ぶ、研究する、旅行する、記録に挑戦するなど、自分が一番好きなことに打ち込もう。

今まで体験した中で、楽しかったこと、気分が良かったことを徹底的に追及する。
それは、生の喜びを感じる瞬間であり、生きる実感を得る瞬間である。
これを生きがいに生きていくことも良いだろう。

 

信念を追求する

自分の信念を貫く人生も立派なものである。
そこで、生きている間はこれだけは曲げないとか、これだけは絶対にしないとか、そういう自分の信念を守り抜こう。

さて、今まで大切にしてきた考え方はどんなものだっただろうか。
それを守り抜くことも立派な人生の目的なのである。

 

まとめ

もし仮に、人生の目的を知りたいと悩む人に、「人生の目的」を教えたらどうなるだろうか。
きっと、「押し付けるな。」「決められた人生を生きたくない。」「自由に生きたい。」と、反発するに違いない。

人生を強要されたくなかったら、自由に人生を生きればいい。
ひたすら快楽を求める人生でもいいし、ひたすら社会に尽くす人生でも構わない。
どんなことを目的として人生を生きても、それだけで生きる意味、生きる価値がある。

生命に自然現象以上の意味はない。
生まれた瞬間に背負っている義務感なんてものもない。
ただ、ひたすらに、自分の信じる価値を追求する人生を生きればいいのである。

 

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