コミュニケーション能力がない人のための「超」仕事術

よほどの事情を抱えていない限り、「コミュニケーション能力がない」なんてことはない。
ただ、確かに、他人とコミュニケーションを取ることが苦手な人もいるのも事実。

そうした「コミュニケーションが苦手な人」にとって、この社会は生きづらい。
なぜなら、社会活動はコミュニケーションによって行われるからである。

しかし、コミュニケーション能力は、天性の才能でも特別な能力でもない。
苦手に感じているのは、決して何かの病気ではなく、適切な訓練を積んでこれなかったからだ。
だから、コミュニケーション能力がない、などと悲観する必要はない。これから何とでもなる。

それでは、そもそもコミュニケーション能力とは何なのか。
そして、コミュニケーションが苦手は人のための「仕事をうまく進めるコツ」を解説しよう。

 

職場におけるコミュニケーション能力とは

新卒、中途採用で求められる人材と言えば、コミュニケーション能力である。
つまり、仕事を進める上でスムーズなコミュニケーションが取れる人物であることが望ましい、というわけである。

スムーズなコミュニケーションとは、お互いの共通理解ができていて、短時間で正確なコミュニケーションが取れる状態のことである。
そこで、いちいち当たり前のことを確認したり、話を理解できなかったり、誤解していると、時間とエネルギーをロスする。

これは、限られた時間とエネルギーで大量の仕事をこなさなければならない職場では、できるだけ避けたい事態である。
企業が、スムーズなコミュニケーションが期待できる人材を求めるのも納得できる。

一方、思うようにコミュニケーション能力を発揮できない人もいる。
言うべきを言えない、聞くべきを聞けないために、適切なタイミングでの報告・連絡・相談の機会を逃し、仕事を円滑に進められない。

こうした現実に直面し、悩んでいる人は、自分にコミュニケーション能力がないのではないか、と疑問を持つのも仕方がない。
しかし、それは誤解だ。

コミュニケーション能力がない人など、いない。
コミュニケーションがうまくいかないのは、性格や病気や努力の問題ではなく、適切な訓練を積んでこれなかったことに原因がある。

 

コミュニケーション能力を発揮できない原因

近年、コミュニケーション能力に悩む人が増えているという。
しかし、本当に増えているのだろうか。そして、その原因は何なのか。

 

時代の変化に対応しない教育環境

現代の働き方は、昔と違って単純作業の割合が少ない。
単純な作業ならパソコンの方が早くて正確。昔はコピーでさえ手書きだった。

・増える会議
単純作業から解放された私たちは、余った時間をクリエイティブなものにしなければならない。
これを可能にするのが、チームメイトとの議論である。

会議の場では、成果の報告と意見の交換を行い、見落としをなくしたり仕事の方向性を確認する。
なぜなら、1人では視野が狭くなり、見落としや誤解を発生しやすいからだ。

会議は、これが原因で生じる問題を事前に消化する役割を果たしている。
そのおかげで、プロジェクトは目標達成に向けて効率よく進むことができるわけである。
つまり、コミュニケーション能力が低い人が増えたわけではなく、「時代の変化があぶりだしている」というのが正しい見方である。

・古い教育カリキュラム
一方、学校の教育カリキュラムはこれに対応できていない。
授業は活発な意見交換をする場ではなく、教師による知識の提供の場。

仮に、子供が自主性を発揮して意見を述べたとしても、それが授業の進行を邪魔するものであったり、間違った意見であれば断罪されてしまう。
これでは、自由に意見を述べるとか、意見の正当性が認められるという経験ができない。

その結果、子供たちは間違いを指摘され、傷ついたり恥をかくことを恐れ、意見を述べなくなる。
これが社会に人材を送り出す学校という教育機関で行われているのである。

 

コミュニケーションを拒絶する家庭教育

学校よりも深刻なのは家庭である。
そもそも親がコミュニケーションを軽視する、あるいはそもそも親自体がコミュニケーションが苦手な場合、その家庭で育つ子供にはコミュニケーション能力は育たない。

・親の怠慢と「言わない」正義
善悪の判断や社会の常識を子供に教えるのは親の務めであるが、これと自己都合を混同している場合がある。
例えば、しつけの名において、親にとって面倒なことはすべて禁止するのである。

子供から疑問をぶつけられたり、不平や不満を表すと、それに応えることが面倒でねじ伏せる。
ダメなものはとにかくダメで、理由も言わないし、反論も許さない。
時には恫喝したり、暴力や人格否定をしてでも黙らせる。

とにかく子供を黙らせることは親にとって都合がいい。
親に従順な子供は、手間がかからない。
こうして、不平や不満を言わずに親の言うことを聞く”素直で良い”人間が誕生する。

コミュニケーション能力に深刻な問題がある人は、人生の出発点である家庭に問題がある場合が多い。

 

コミュニケーション能力を高める方法

これを改善するためには、本来大人から受けるべきだった適切な対応を自分でやり直すことである。
つまり、これから、自分の子供を育てるように、自分を育てるのである。

そして、それはいつから始めても遅くはない。
最もいけないのは、この問題を放置したままにすることである。

 

コミュニケーション能力がない人のための「超」仕事術

コミュニケーションが苦手な人は、コミュニケーションを取る前に自動発生する不安が強い。
ここで不安に負けてしまうと、言うべきを言えない、聞くべきを聞けないという状況を生む。
そこで、あるべきコミュニケーションを取れるように、先立つ不安を解消する方法を紹介しよう。

 

見えない壁を壊すコツ

コミュニケーション能力がないと嘆く人は、まるで見えない壁に囲まれているような息苦しさを感じている。
言ってはいけない、聞いてはいけない、そんな思いが息を詰まらせるのである。
それは、家庭や学校でそうするべきだと教えられたからだ。

しかし、仲の良い同僚や休日に友達と会う時も、同じ息苦しさを感じているだろうか。
おそらくそんなことはないはずである。

正々堂々と自分の意見を主張し、相手が言う意見にも寛大に受け止める。
これは、仲の良い同僚や休日に会う友達と「対等な関係」を築けているからである。

この「感覚」を職場に持ち込もう。
相手が上司だろうと、社長であろうと、友達のような「対等な関係」を信じていれば、自然にコミュニケーションが取れるようになる。
【天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず】と、諭吉先生もおっしゃっている。

職場で、つい目上の人に反射的にビビってしまう人は、まず、相手とは対等な関係なのだということを自覚しよう。
健全なコミュニケーションは、健全な関係から生まれるのである。

 

言いたいことを言うコツ

職場では、誰かを助ける時や正当な評価を受けていない時など、発言しなけなければならない時がある。
そのタイミングを逃さないために、以下の点を意識しよう。

・完璧を目指さない
どんな意見や主張にも、説得力の差こそあれ、完璧なものなどない。
ところが、自称コミュニケーション能力がない人たちは、発言の前に必死に自分の意見のあら捜しをして、発言をしないで済む言い訳を見つけようとする。

しかし、コミュニケーションで大切なのは、意見を述べて、存在を知らせることにある。
完璧かどうかではない。

とにかく、言わなければ始まらない。
友達同士の会話で完璧を目指さないのと同様、職場でも気楽に発言してかまわない。

みんな、あなたがどんどん発言してくれるのを待っている。
その期待に応えよう。

・最悪な事態を想定する
コミュニケーションが苦手な人は、自分が意見を述べる前にやたら不安を感じる。
ここで何か言ったら、反撃されるかもしれないとか、関係がモメるかも知れない、という風に。
しかし、その不安は正しいのだろうか。はなはだ疑問である。

言うかどうか迷った時は、言わなかった先に待ち受ける最悪な未来を想像しよう。
例えば、

  • なぜ気付いていたのに見捨てたのか?と仲間からの信頼を失う
  • 正当な評価を受けられずに、正当な報酬を受け取れない。

こうした未来を避けるためにも、あなたは言うべきことを言うべきなのである。
言うべきを言わずに知らん顔や不満顔では、冷たいヤツかめんどくさいヤツだ。

あなたは一緒に働くために職場に迎えられた仲間である。
であるなら、仲間と今後もうまくやっていくためにも、言うべきタイミングを逃してはいけないのである。

 

発言を否定・拒絶されたら

時にはせっかく勇気を振り絞って発言しても、内容を否定あるいは拒絶されることもあるかもしれない。
この時、自称コミュニケーション能力がない人は、ひどく傷つく。

こうした事態が起きてしまうのは、その人が家庭や学校で「間違いの指摘」と「人格否定」をセットで受けてきたからである。
だから、「発言の内容の否定」を「自分という存在の否定」と誤解してしまうのである。

もちろん、間違いの指摘と人格否定は一致しない。
ここは絶対に混同してはいけないところである。

 

まとめ

多くの企業が求める人材として、コミュニケーション能力を掲げているということは、いかに多くの職場でコミュニケーションがうまくいっていないかを如実に表している。
ここまで問題が大きいということは、コミュニケーションの問題は個人の資質や能力の問題ではなく、社会的な問題である。

つまり、この問題の原因は学校や家庭にある。
この真の原因から目を背けている限り、問題は解決しない。個人的にも、社会的にも。

重要なのは、誰とでも対等な関係であるべきだという人間関係の基礎を思い出すことである。
この前提を忘れた時、健全なコミュニケーションは生まれない。
片方がひたすら黙ったり、ひたすら我慢したりする。

職場ではコミュニケーションが活発であることが望ましい。
職場にいる全員が自由に意見を述べ、指摘しあう関係であることが効率的な業務推進につながる。
それができないのは、人間関係の基礎を忘れてしまったからである。

あなたには意見を述べる権利がある。
黙れと言われても黙ってはいけないのである。

 

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