自分の性格が嫌い。
他人の成功をねたんだり、難癖をつけることをやめられない。
こんな最低な自分の性格を変えることはできないのだろうか。
私たちから嫉妬心をなくすことはできない。
しかし、それを和らげることはできる。
嫉妬心が引き起こす言動は、自尊心が傷つけられたことによる反撃。
つまり、嫉妬心を和らげるためには、自尊心を鍛えればいいわけだ。
それでは、嫉妬してしまう性格を治す方法を解説しよう。
嫉妬してしまう自分が嫌い
他人に嫉妬してしまう性格に悩む人は少なくない。
多くの人が、醜い感情と言動をやめられないことに苦しんでいる。
嫉妬してしまう人は、他人が自分より優れていることを許せない。
だから、その事実を破壊しようとしたり、それを願ったりする。
例えば、
- 他人の優れた素養に難癖をつける。
- 他人の成功に難癖をつける。
- 他人の進路を妨害する。
- 他人の作品を破壊する。
- 他人の失敗を喜ぶ。
- 他人の不幸を願う。
このような反社会的な態度を示す。
もちろん、相手にとっては大変迷惑であり、反感を買う。
さらに、これらの言動を見た周囲の人からも信用を無くす。
このように、嫉妬心が引き起こす言動は、百害あって一利なし。
しかし、私たちから嫉妬心をなくすことはできない。
嫉妬とは?嫉妬心をなくすには?
他人という存在がいる限り、私たちから嫉妬心をなくすことはできない。
重要なのは、それを上手に抑えることである。
嫉妬とは?
嫉妬は、抑えなければならない欲求の一つである。
カトリック教会は、七つの大罪の一つとしてこの嫉妬心を挙げている。
しかし、原理的に、私たちから嫉妬心をなくすことはできない。
なぜなら、私たちが生きる社会には必ず他人が存在し、そこには優劣の差が発生するからだ。
私たちは、自分にないものを持っている他人に憧れる。
その感情は、自分の向上心になったり、他人をたたえる気持ちに通じている。
しかし、同時に、それをねたむ感情にも通じている。
この時の感情を嫉妬心と言う。つまり、嫉妬心は憧れの裏返しなのである。
嫉妬深い人は、相手が自分より優れた特徴を持っているという事実を認めることができない。
だから、その事実を無きものにしようと、数々の工作を仕掛けるわけである。
嫉妬深い人の様々な嫌がらせは、自尊心を傷つけられたことによる反撃である。
つまり、嫉妬深い人と言うのは自尊心が脆弱なのである。
嫉妬心をなくすには
嫉妬心からくる反社会的な言動をなくすためには、強い自尊心を持てばいい。
嫉妬深い人には、自分が魅力的な人間であるという自覚が必要だ。
それがあれば、他人が自分にないものを持っていたり、自分より優れた特徴を持っていても、その事実を快く受け入れることができるようになる。
嫉妬心をなくすことはできないが、それを隠すことはできる。
そして、それができるかどうかは、強い自尊心を持てるかどうかにかかっているのである。
嫉妬してしまう性格を治す方法
嫉妬心に苦しんでいるなら、自分の魅力に気づき、自分を好きになろう。
こうして鍛えられた強い自尊心が、事実を受け止める余裕を生むのである。
自分の長所を知る
自分に自信を持つためには、自分の魅力を自覚していなければならない。
そこで、自分を振り返り、自分の長所や強みを再確認しよう。
例えば、
- 過去に褒められたこと、評価されたこと(例:学業や仕事の成績、性格など)
- 外見上、優れていること(例:顔、身長、体形、センスなど)
- 自分が持っているもの(例:学歴、友達、お金、家族など)
- 自分が身につけているもの(例:服、スキル、知識など)
自分に自信がないと、こうした自分の魅力に無自覚だ。
しかし、これらも自分の一部。
これらの魅力を認める勇気が、新しい自分に変えるのである。
自分の可能性を知る
自分の長所に気づいたら、それを生かしてどんなことができるのか、想像してみよう。
例えば、
- 得意なことに活かして誰かを助けることができる
- 自分が持っているものを誰かと共有することができる
- 自分が身につけているもので注目を集めることができる
これらは単独でも立派だが、組み合わせることでさらに可能性は広がる。
自分に自信がない人は、自分に秘められた無限の可能性を知るべきだ。
そして、そんな自分に誇りを持とう。
まとめ
嫉妬深い人にとって、他人が自分より優れているという事実は受け入れがたい。
しかし、事実は変えられない。
それよりも、事実を受け止められる人になろう。
それを可能にするのが自尊心の強化、つまり自分を好きになることである。
嫉妬深い人に足りないのは自制心ではない。
自分の魅力に対する自覚なのである。