自分の気持ちがわからない理由と解決策

自分のことがよくわからない。
人生の目標、生きがい、なりたい自分、そして自分の気持ちもボンヤリしている。
それは、まるで自分が自分でない感覚。

「自分」とは一口で言っても、実は2種類の「自分」がいる。
自分が認識する自分と、他人が認識する自分である。

親も友達もいる。勤める会社もある。どうやら他人が認識する自分は存在するらしい。
だが、自分が認識する自分はどうもつかめない。そして、自分の気持ちもわからない。

なぜ、自分の気持ちがわからなくなってしまったのだろうか。
どうすれば自分の気持ちを取り戻せるのだろうか。
この2つの疑問にお答えします。

 

自分の気持ちがわからない人の特徴

自分の気持ちがわからない人には、いい人が多い。

  • 誠実で真面目
  • 穏やかな性格で、協調性がある
  • 我慢強く根性がある

大人しい性格だが、意志の強さを感じさせ、実は縁の下の力持ちとしてしっかりと役割を果たす。
周囲に優しく接するので評判も良く、意外にモテる。

ところが、これが行き過ぎると、めんどくさい人になってしまう。

  • 指示や常識にしたがってばかりで、本人の意志を感じない。
  • 周りに合わせてばかりで言いたいことを言えず、仏頂面。

真面目に頑張ってはいるが、どこかふてくされている印象がある。
そして、沸き上がる不満を必死に隠すため、いつも無表情。

言いたいことは言えばいいのに、言ってくれないから周囲はどう接していいのかわからない。
それもそのはず。本人には言いたいことなどないのである。
もっと正確に言えば、言いたいことがあるのだがそれを汲み取ることができないのである。

自分の感情、自分の気持ちがつかめない。だから、それを表現できない。
自分の気持ちがわからない人は、沸き上がる感情と無意識に現れてしまっている表情の間で置いてけぼりを食らっている。

それではなぜ、自分の気持ちがわからなくなってしまったのだろうか。

 

自分の気持ちがわからない理由

自分の気持ちがわからない人は、自分の気持ちを否定することが習慣になってしまっている。
あまりにも昔からその習慣が身に付いてしまっているため、この異常に気付かない。

 

自分の気持ちがわからない人の正義感

人は自分なりの正義感や信念に沿って生きている。
自分の気持ちがわからない人の場合、自分の気持ちを否定することを正義としている。

我々は、小さいころから社会的に個性を排除され、自己犠牲の精神や、自分に厳しいことの正義を叩き込まれてきた。

  • みんな○○しているから、あなたも○○しなさい。
  • 普通○○だろ。○○するなんて常識。
  • 自分に厳しく他人に優しい人を目指しなさい。
  • 文句を言うな、黙ってやれ。

これらの言葉はすべて本人の意思を破壊する。
まるで宗教のように、説明もなく「常識」や「普通」を押し付ける。

ここで問題なのは、これらをすべて真に受けてしまった素直で真面目な子供たちである。
彼らはこの絶対的な正義感を信念として大人になっても生き続けている。

 

正義の代償

個性の排除、常識の押しつけは、主に親や学校の先生によって行われる。
誰からも個性や自由意思を尊重されずに育つと、発想に自由のつけ入る隙間が無くなってしまう。
その結果、無個性で常識的で自己犠牲を信条とする人間が出来上がる。

そして、

  • 常識でしかものを考えられない。
  • ルールに厳格で、ルールから外れる者には不寛容で攻撃的。
  • 指示に従うことしかできない、あるいは指示を待つ。
  • 目上の人間には意見を主張できない。
  • 組織に奉仕する。

といった姿勢が身に付いてしまう。ひとことで言えば、優秀な兵隊である。
(つまり、富国強兵時代に取り入れたイギリス式教育システムが問題。)

 

自分の喪失

ここで問題なのは、本来自由であるはずの自然に湧き上がってくる感情や発想にまで制限、否定していることである。
これでは個性の喪失どころか、人間性の喪失である。
その結果、

  • やりたいことをしない
  • 言いたいことを言わない
  • 感情を表現しない
  • ただ、ひたすら我慢

これらが習慣になってしまい、ついに自分にはやりたいことがない、言いたいことがない、感情がない、我慢なんかしていない、と誤解してしまっている。

人生に自由が無ければ奴隷と同じ。
人生に自分の意志が無ければ借り物の人生と同じ。
これでは生きた心地がしないのも当然だ。

 

自分の気持ちをつかむために

この地獄から抜けるためには、自分を解放すればいい。
「我慢しろ」という悪魔のささやきを振り切り、正々堂々と自由を行使するのだ。

自分の気持ちをしっかりキャッチして、それを尊重すること。
そして自由に人生を生きる自分に責任を持つこと。
この2つができれば、生きがいと充実感に満ちた人生を取り戻すことができるだろう。

 

自分の人生を取り戻す方法

個性または人間性を喪失した状態から脱出するためには、個性を取り戻さなければならない。
自分の人生は自分のもの。
この当り前のことを前提とした生き方を貫こう。

 

自己中を目指す

自分の気持ちがわからない人は、自分と他人の境界があいまいになっている。
何かをしようとしても、それは他人の意志に沿う形であったり、他人の迷惑にならないように配慮してあったりする。
むしろ、他人の意志や常識に沿う形でしかやりたいことをやれないのではないだろうか。

だが当然、他人は他人だし、自分は自分。
他人に都合があるように、自分にも自分の都合があることを思い出そう。

基本的に、自分の気持ちと照らし合わせて物事を判断するべきである。
そして、時には他人の反対や常識を振り切ってでも自分の意志を通すべき時がある。
それが自由の行使である。

もちろん、いつも自分の意志を押し通す姿勢は、自己中心的であると言える。
しかし、自分の気持ちがわからないと悩むレベルの人は、むしろこの自己中心的な人間を目指すべきである。

それはこれまでの自分の正義を裏切ることになる為、難しい試練となるが、
人間性の確保、個性の確保、自分の人生を生きがいを持って生きるためには乗り越えなければならない。

 

違和感をつかむ

誰かに指示された時、何かを言われた時、テレビを見ている時、街中で他人を見た時、
何か引っかかるとか、イラっとすることがないだろうか。

それは、自分の気持ちが反発している証拠である。
自分の持つ正義感や信念、気持ち、意志と異なるものに対して反応しているのだ。

通常我々の体は、異物が入ってくるのを拒む。
免疫機能があるから皮膚にカビが生えないし、毒物は無意識に吐き出そうとする。

これは内面的な問題も同じで、自分の主義主張と異なるものは受け付けない。
だから人間は、反論したり、異議を唱えたり、感情を表したり、物理的に攻撃する。

だが、自分の気持ちがわからない人は、それを押し殺す力が強く、しかも習慣化しているため、それができない体になっている。

そこで、何か引っかかったりイラっとしたら、なぜ自分がそう感じたのか振り返ってみよう。
一体誰のどの発言、どのキーワード、どのような態度に引っかかったのか。

きっとそこには、普段の自分が必死に隠している自分の本当の気持ちが隠れている。
この自分の気持ちを探る地味な作業を繰り返していると、だんだん自分の気持ちを正確につかめるようになってくる。

それが世界で唯一の、宇宙の歴史でもたった一つしかない、自分の気持ちというやつだ。
だから、無下に否定せず、大切にしよう。
たとえそれが世間的には非常識なものだとしても。

 

実行する

自分の気持ちをつかんだら、それを実行に移そう。

  • 弱い者いじめに思えても、言いたいことを言いやすい人に言う。
  • 非常識、親不孝者、止めとけと言われても、やりたいことをやる。
  • 社会を敵に回しても、やりたくないことはやらない。

誰にどんな罵詈雑言を浴びせられても、関係ない。
とにかく何でもいい。自分の自由意志をどんどん行動で示すのだ。

いつもの癖で、つい自分の気持ちを引っ込めてしまいそうになるが、
そんな自分を必死に引き留め、自分の意思に従うという当たり前の生き方をしよう。

これを繰り返していれば、自分を縛っていた者が破壊されていく。
そして、いつの間にか生きる実感や自分という存在を認められるようになるだろう。
そのころにはむしろ、自分の気持ちがわからないどころか、自分の気持ちが通じないことに腹を立てているかもしれない。

 

まとめ 自分の気持ちを持つ責任

自分の気持ちがわからない人は、今まで何かにつけ言い訳をして、自分を出さない正義を貫いてきた。
その生き方は苦しくて辛いものだったが、正義や常識に守られた安全な生き方でもあった。
なぜなら、自分の行動すべてに正当性が確保されていたからだ。

あるいは周りに合わせることで、守ってもらえることや攻撃されないことを期待していたのではないだろうか。
これが行き過ぎると、

  • 指示に従っている。なんか文句あるか。
  • 指示しろよ、やってやるから。
  • ルールを守っているんだから、文句を言われる筋合いはない。

という、攻撃的常識人というかなりめんどくさい人間に成り下がる。
ここまで来ると甘え体質を通り越して、依存体質である。

人間には、本来自由がある。だが、集団生活を送る上で常識やルールがある。
自由を行使しすぎれば反社会的人間になるし、常識を重視しすぎれば人間性を失う。
どちらか片方だけではダメで、自由とルールの間で生きなければならない。

自分の気持ちがわからない、という人は、今まで常識や正義を重視した生き方をしてきたのである。
自分の気持ちを尊重し、生きがいと充実のある人生を送るためには、今までの生き方を振り返り、あるべき姿を取り戻す必要がある。

そのあるべき姿とは、自由に生きる全責任を自分で請け負う姿勢なのである。

 

・自分が何をしたいのかわからない理由と見失った自分を取り戻す方法

・なりたい自分がわからない人が「なりたい自分」を知る方法

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