ありのままの自分を愛することができない。
- チビ、デブ、ブサイク
- ビビリ、ネガティブ、粘着質。
- 友達も恋人もいない。
- 運も悪い。
こんな自分を受け入れられない。
しかし、ありのままの自分を愛することは、人生の基本。
これがしっかりしていないと、すべてがうまくいかなくなる。
だから、外見の美しさや内面の強さにこだわらなくていい。
自分にないものや、努力で解決できない問題に胸を痛める必要もない。
ただ、自分の良いところも悪いところも事実として認めてあげるだけでいいのである。
ダメな自分を愛せない
自分を愛することができないと、人生は緊張感でいっぱいになる。
いつも何かにせかされていて、他人に対してもトゲトゲしている。
その原因は、ネガティブ志向。
目や耳から入ってくる情報がどんなものであれ、必ず欠点や弱点を探し出す。
こうした視点で自分を振り返ると、自分の欠点や弱点が洗い出され、まるで自分が欠点だらけの人間のように思えてしまう。
結果、そんな欠点だらけの自分を愛することができない、というわけである。
だから、自分を愛せない問題は、自分の欠点の数や質の問題ではない。
いつの間にか身につけてしまった「ネガティブ志向」の問題なのである。
ありのままの自分を愛せない理由
ありのままの自分を愛せないのは、あまりにも自分の欠点が目に付くからである。
なぜ、そのようなネガティブな視点が身についてしまったのだろうか。
ありのままの自分を愛せない理由
私たちは、小さいころから「間違ったことを指導される」「足りない部分を補う」という形で、様々なことを教えられてきた。
今、身に着けている知識やスキルは、こうして体得したものばかりだ。
だが、身に付けたのは知識やスキルだけではない。ものの見方、考え方も同時に身につけた。
これこそ、欠点や弱点に注目する姿勢、つまりネガティブ志向である。
結果、世の中のほとんどの人がネガティブ志向である。
テレビや雑誌、あるいは会社や家庭でダメ出しが多いのは、こうした社会的背景があったのである。
ネガティブ志向そのものが悪いわけではない。しかし、これに固執すると問題だ。
なぜなら、対象の欠点や弱点をあまりにも多く洗い出しすぎて、まるでそれがダメであるかのような誤解を招くからである。
ありのままの自分を愛せないのは、あまりにも自分の欠点が目に付くからだ。
しかし、それはあまりに偏ったものの見方が生んだ誤解に過ぎないのである。
ありのままの自分を愛する方法
たしかに、欠点だらけの自分を受け入れろと言われても、無理というもの。
そこで、今までとは逆の視点で自分と向き合う必要がある。
つまり、自分の強みや長所に意識的に目を向けるのである。
こうすることで、自分の良いところと悪いところの両方を公平に知ることができる。
そして、この時、初めてありのままの自分と向き合うことができる。
愛するということは、いい面と悪い面の両方を受け取ることだ。
つまり、愛するためには、どちらか片方だけでダメなのだ。
ありのままの自分を愛する方法
ありのままの自分を愛するためには、ありのままの自分を知る必要がある。
そこで、今まで目を向けることのなかった自分のポジティブ面に注目することにしよう。
自分の長所を認める
ありのままの自分を愛するためには、ありのままの自分を知らなければならない。
ありのままの自分を知るためには、自分の長所も知らなければならない。
そこで、自分を振り返ってみて、長所や恵まれている点を改めて確認しよう。
例えば、
- 過去に褒められたこと、評価されたこと(例:学業や仕事の成績、性格など)
- 外見上、優れていること(例:顔、身長、体形、センスなど)
- 自分が持っているもの(例:学歴、友達、お金、家族など)
- 自分が身につけているもの(例:服、スキル、知識など)
自分を愛せない人は、自分の長所には無自覚だ。
しかし、それもまぎれもない自分の一面。無視するべきではない。
自分の短所を認める
ありのままの自分を愛するためには、自分の短所にも自覚的でなければならない。
自分の短所と向き合うことは、辛くて目を背けがちだが、勇気を持ってその事実を受け入れよう。
愛するということは、全てを受け取る度量を持つこと。
一部分だけ受け取り、一部分だけ捨てるという都合のいい解釈は、本物の愛ではない。
ありのままの自分とは、いいところも悪いところも含めた自分のこと。
つまり、ありのままの自分を愛するということは、自分の良いところも悪いところも含めたすべてを受け取ることなのである。
まとめ
ありのままの自分とか、ありのままの自分を受け入れる、愛する、という感覚をつかめない人がいる。
それは、その人が自分の一面しか知らないからである。
愛するということは、対象のすべてを受け入れるということである。
都合よく一部分だけ切り取って、そこだけ愛するという器用なことはできない。
ありのままの自分を愛するためには、まず自分のすべてを知らなければならない。
欠点ばかりの自分を愛せないのは、当然なのである。